teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


徳川「聞香の会」

 投稿者:921  投稿日:2014年11月29日(土)15時40分31秒
  秋の香会シーズンの最後を飾って、徳川「聞香の会」に行って来ました。
小雨のそぼ降る裏門からの細道は、紅葉の色が冴えて鮮やかに輝き、「餘芳軒」では銀杏の絨毯
と青竹の垣根の対比が、また違った色目の美しさを呈していました。
組香は「源氏香」で、初めての方が多いので難しかろうと思いましたが、皆さん香炉を聞いて、
香図と巻名で答えを書くところまでは無事こぎつけたようです。
今回の香の出は「藤裏葉」で、2炉・3炉、1炉・4炉が同香というものでした。
私は、残念ながら2炉と3炉を異香と聞いてしまい「紅梅」で3点でしたが、正解者は25名
中、2名おり「どうやって聞き当てたか」について各々発表させられていました。
もう、13年ほど続けていらっしゃる初心者用体験会とのことですが、いつもながら、ご亭主の
方の軽妙なお喋りと香元の方の流れるような美しい御点前が、好対照なお席でした。
 
 

歳末売出し市

 投稿者:921  投稿日:2014年11月28日(金)19時14分39秒
  名古屋の春香堂さんから恒例「歳末売出し市」のご案内が届きました。
来年の干支となる「かおり未」の置物もカワイイです。
また、「越南沈香のお線香」には、新たに「ザーライ地方産」のものが加わりました。
その他、例によって香木やお稽古道具も2割引とのことです。

★電話、FAX、メールでの注文も可能です。

http://www.kaori.co.jp/

 

関ヶ原史跡めぐり②

 投稿者:921  投稿日:2014年11月24日(月)11時16分45秒
  「壬申の乱」の史跡めぐりが意外に早く終わったので、「関ヶ原合戦」の陣跡を逆廻りで巡るこ
とにしました。
黒血川から山を登ると「大谷吉継」の陣跡があり、真南に松尾山を見る眺望は、「東西戦なのに
妙だな?」と思いましたが、小早川の裏切りを察知し、死を覚悟して布陣したという逸話で納得
しました。また、吉継の首を巡る湯浅五助と藤堂仁右衛門のやりとりも戦国武将らしい美談で、
未だ首が見つかっていない吉継の墓には五助の墓も並んでいました。
そこから山を登り、谷を下りして「宇喜多秀家」の陣跡のある神社から杉木立を通り、「小西行
長」の陣からほど近い「開戦の地」へ行きましたが、そこから望む関ヶ原は本当に平坦で静かな
秋景色の田園でした。
続いて、敵中突破で有名な「島津義弘」の陣跡にいきましたが、ここには郷里から奉献された見
られる一際大きな碑が立てられ、最も立派な感じがしました。
ここからは、静かな山際の住宅地を過ぎ、「石田三成」の陣跡である笹尾山に登りました。展望
台では、関ヶ原の全景と布陣の図を見比べながら足軽姿のかたりべの方が主な戦場絵巻を説明し
てくれました。「家康が布陣した桃配山は大海人皇子が兵士に山桃を配って激励した地であり、
家康は先勝祈願の意味もあって、ここに布陣した」という逸話で二つの大乱が一本の糸で繋がっ
たような気がしました。
笹森山を降りて「決戦の地」を巡り、「徳川家康」の最終陣跡は広い公園となっており、その奥
に石垣で囲まれた床几場は、美しい松林が印象的でした。
最後に「東首塚」と「西首塚」を巡りましたが、東首塚は床几場と近いこともあり、スダジイの
大木が強い霊気をはらんで高くそびえたっていました。
突然思い立った「関ヶ原史跡めぐり」は、思えばほとんど負け方の「西軍」ばかりを見て廻った
感じがします。やはり、日本人は判官びいき・・・負けた方に滅びの美学やドラマを感じてしまう旅
でした。
 

関ヶ原史跡めぐり①

 投稿者:921  投稿日:2014年11月24日(月)10時25分51秒
編集済
  週末に「関ヶ原に行って来ました。
小さな駅を降りると「関ヶ原合戦」目当ての戦国暦男&歴女もちらほら見受けられましたが、
それを尻目にこちらは「壬申の役」を目指して逆方向へ単独歩行です。
目指す「不破の関」は駅から南西に1kmほどの町はずれの坂道の中ごろにありました。
白壁に閉ざされた門が残されているだけですが、門の向こう側に回ると、飛び石のある公園
となっており、少しだけ街道筋の関所の佇まいが感じられました。
そこから坂を下りきると「関の藤川」があり、「戸佐々神社」から見る水面は初冬の光に輝
いていました。
今度は坂道を登り、今では落ち葉に埋もれた「矢尻の池」を経由して弘文天皇「自害峯の三
本杉」にお参りして・・・「あぁ、壬申の乱も関ヶ原合戦も「東軍」が勝ったのねぇ。まっ、
体制を守る側と変える側では勢いが違うわね」と妙な納得をしつつ「黒血川」を上りました。
 

松阪の氏郷

 投稿者:921  投稿日:2014年11月 7日(金)20時48分27秒
  三重県松阪市で開催された「第53回氏郷まつり」に行ってきました。
三重県で蒲生氏郷の名を聞いて、異国で知己に出会ったような感じがする東北人の私
は、彼のことを会津若松の生みの親⇒「会津の殿様」的な受け止め方をしていまし
が、彼は近江日野城主→伊勢松阪城主→陸奥黒川城主と全国区の武将だったわけで
す。
会津若松市と松阪市は氏郷繋がりで既に姉妹都市らしく、松阪駅を出るなり会津の酒
と「あかべぇ」が迎えてくれ、まず「末廣」と「宮泉」の振舞い酒で喉を潤しまし
た。
氏郷まつりは、「武者行列」や「松阪しょんがい音頭」、「松阪しょんがいソーラ
ン」などが、そう広くないメインストリートを練り歩き、距離感とラッシュ感がとて
も心地良いお祭りでした。
お祭り会場を抜けると三井財閥を築いた三井家発祥の地や松阪商人の館等があり全国
長者番付や万両箱が誇らしく飾ってある邸内や佇まいのすばらしい中庭などを愛でる
ことができました。それから松阪城址に登り市内一望の後は、松阪の偉人「本居宣
長」を辿って旧宅跡や自宅の鈴屋、墓所等を廻りましたが、城から降りたところにあ
る石畳と高い生け垣に囲まれた「御城番屋敷」は、今でも人が住んでいて、門ごとに
しっとりとした和の情緒を醸し出す暮らしぶりが美しいと感じました。
最終的には、当地で有名な喫茶店「松燈庵」で遅いランチをいただき、色々混ざって
滅法旨いと評判の「松阪牛A5ランクの切り落とし」を買って帰りました。
 

「かぐわしき日本の香り」展につきまして

 投稿者:広島県立歴史民俗資料館・石橋  投稿日:2014年11月 4日(火)16時22分10秒
   前略 突然失礼いたします。

 広島県にある「みよし風土記の丘ミュージアム」で、

「かぐわしき日本の香りー香の歴史と美」と題した展覧会を

11月24日まで開催しています。

香及び香道について最新の研究成果を総合的にまとめました。

遠方にて恐縮に存じますが、ご関係者に方々にご一覧頂けれま幸いです。

よろしくお取り計らいくださいます様お願い申し上げます。

                広島県立歴史民俗資料館・石橋健太郎

 
    (921) ☆石塚さま
ご案内ありがとうございます。
ということで皆様、香席も志野流御家元の講演もある楽しげな催しですので、是非お越しください。

会  期 10月3日(金)~11月24日(月・祝)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休 館 日 月曜日(ただし10月13日・11月3日・24日は開館)
入 館 料 一般 500円(400円) 高・大生 380円(300円) 小・中学生  250円(200円)
      ( )は20名以上の団体料金
詳しくは・・・
http://www.manabi.pref.hiroshima.jp/rekimin/info_tenjikai26aki.html
 

御礼

 投稿者:三十石  投稿日:2014年10月22日(水)20時11分0秒
  先達はあらまほしかなと言いますが、御同道頂き、大変に勉強になりました。
私自身は、まだまだ香の道に疎いので、お隣で香を聞かれているのを拝見し、なるほど道に深い人は、このように聞けるのだと、とても参考になりました。
同じ香を聞きながら、これだけ違いがある事が、自身の足りなさと、また進むべき方向を見せて頂いた気がします。

一座建立と言いますが、とても思い出深く、楽しい一日でもあり、改めて御礼申し上げます。
 
    (921) ☆三十石さま  こちらこそ大変お世話になりました。
「一座建立」と言えば、一席目と二席目は、まさに連衆の心象風景が1つになった良い席でしたね。
重硯の墨色だけで「あぁ、御家流に帰って来たなぁ」と感慨深かった921ですが、近頃ふらついて
いた我が香気スケールも「校正」されました。
また、ご迷惑にならない席がありましたら伺わせていただきたいと思います。
よろしく、お願いいたします。

 

桂雪会の香筵

 投稿者:921  投稿日:2014年10月19日(日)20時46分27秒
編集済
  ネット香友からのお誘いを受け、三十石様にご同行いただいて、本日は、東京の茶道会館で
「御家流桂雪会」での香筵デビューを果たしました。
最初に伺ったのは熊坂先生の「観賞香席」で、床には一色梨郷師の筆による都筑幸哉の持香リ
ストが飾られ、会の血脈の確かさを実感させられました。本席の趣向もすばらしく、正客と次客
がカルタの上の句と下の句をそれぞれ取り、焚き出す香木を決めるというものでした。連衆様の
ご厚意により高上がりさせていただきまして、
私が「こころあてに…」を引くと次客の三十石さんが「おきまどわせる…」を引いたため、カル
タは四季の歌が数多ある中で、偶然にも時宜にふさわしい「初霜香」の証歌である凡河内躬恒の
歌が完成しました。これを引歌として本香は「初霜」と「白 菊」が焚かれることとなりました。
「初霜」は伽羅立ちの綺麗な羅国で私が香を覚えたばかりに聞いていた上質な甘味と辛味が感じ
られ、一木四銘の「白菊」は、伽羅の立ち味に「藤袴」や「芝舟」にも共通した「白っぽい」
清々しさのある香りでした。熊坂先生の鑑賞香は席ごとに香木が変わるとは伺っていましたが、
こんな形で一木四銘を引き当て、季節も証歌も首尾一貫した鑑賞香になるとは、あまりにも強い
クジ運でした。香席が終わってから熊坂先生に初めてご挨拶させていただきまのも良い思い出と
なりました。
二席目は「偲ぶ香」で一昨年亡くなられた神保博行先生の追善香でしたので待合には、ご遺影と
白菊、供香が手向けてありました。席入り後は、最初に観世流宗家の謡いがあり、三種三香の本
香は期せずして「亡き師」という香の出を結びました。本香が終わって、証歌を披講する段に
なったところで、座の求めに応じて三十石さんが「きのうまであいみし人の今日無きは・・・」
と詠み上げますと、神保先生の愛弟子の方のすすり泣く声も聞かれ、ご亭主も涙ぐまれるなど、
しめやかに師の面影を偲ぶにふさわしい雰囲気となりました。生きている間会わなくてはと思っ
ていた憧れの人、神保先生とは、終ぞ御目文字叶うことはなかったのですが、追善の席で正客を
させていただき、お記録までいただけたことは幸せな出来事でした。
三席目は「擣衣香」で、本香に六国が全て焚かれる豪華な組香でした。ご亭主の言われた通り
真那賀と羅国の見極めがむずかしく、私はこれを入れ替えて四点でした。
四席目は「紅葉宴香」で札止め前に滑り込みで入らせていただきました。地の香が羅国なのです
が、これが客香の伽羅より綺麗に立ったのが印象的でした。この席は聞の名目や下附の美しさが
印象的でしたが、お詰めでしたので、薄茶の金砂子の料紙に朱の文字か沢山散らされたお記録
ゲットはなりませんでした。
チケットに「大倉香筵」と押印のあるところも昭和の香道黎明期を支えてきた香道サロンの息吹
を感じていましたが、期待通りたおやかで雅な人と香と設えに魅了された感慨深い香筵でした。

 

ご無沙汰をしております

 投稿者:あんでれ  投稿日:2014年10月18日(土)14時31分22秒
  921様は名古屋生活を相変わらずエンジョイしておられますね。

私は10月の頭に伊勢の献香に行ってきました。
後ろの方にいたので全然「来ず」(涙)
後からのお話では3列目ぐらいまでは「来た」そうです。
後から余香を拝しましたが、しぶい滋味のある感じの(あくまであんでれ的感想)
しみじみいい香りでした。

そして、今名古屋では顔見世の時期なのですが、
なぜか今回の演目は「十種香」なのです。
ただ、会場が市民会館で、雰囲気も今一つですし、
食べ物の香り漂う会場まで見に行くべきかどうかというと
見には行きたいものの決定打に欠ける(苦笑)と思ってしまうのでした。
 
    (921) ☆あんでれ様
名古屋も最後の冬だろうと思いますし、積極的にエンジョイしておりますよ。!(^^)!
「伊勢の献香」来なかったですかぁ・・・それは残念。

「顔見世」・・・錦秋名古屋 顔見世に・・・夜の部「十種香」ありますねぇ。
是非、ご観覧いただき「来たか来なかったか」レポートお願いします。
 

秋の高山まつり

 投稿者:921  投稿日:2014年10月12日(日)17時01分47秒
編集済
  先週、代休が取れたので、春に行けずじまいになっていた高山祭に行って来ました。
高山祭は・・・
 春は日枝神社の「山王祭(4月14・15日)」
 秋は桜山八幡宮の「八幡祭(10月9・10日)」
・・・となっており、開催日が固定されているので平日開催の方が多いわけです。
名古屋から高速バスで向かいましたが、恐れていた渋滞もなく、お目当ての高山ラーメンも並ば
ずに食べることができ、お祭りの会場も「からくり奉納」の会場以外は、適度な込み具合で全く
支障がありませんでした。
桜山八幡宮の大鳥居をくぐると10台の山車が迎えてくれる「屋台曳き揃え」があり、飛騨の名
工が彫り上げた歴史ある重要文化財が絢爛豪華な姿でそびえていました。
その後は、闘鶏楽(とうけいらく)など伝統の衣装に身を包み、お囃子を披露しながら町を巡る
「御神幸」があり、別ルートでは神楽台・鳳凰台・金鳳台・仙人台の4台が町を練る「屋台曳き
廻し」も行われました。
最後は、桜山八幡宮の境内で「からくり奉納」があり、「布袋台」で2人の唐子が5本の棒を飛
び移る日本一難度の高いからくりが衆目の中で披露されました。
祭りの客曾は団体が多かったものの、外国人の方の割合も他地域に比して多く感じました。
やはり、高山は「古い町並み」だけでも通年観光が可能ですので、外国人にとって高山祭は絶好
の来日の機会なのかもしれません。
私も、十年ぶりに古い町並みを散策し、造り酒屋の試飲のハシゴでほろ酔い加減になりました。
 

八橋

 投稿者:921  投稿日:2014年 9月21日(日)18時32分46秒
編集済
  『伊勢物語』九段で有名な「唐衣着つつなれにし・・・」の八橋に行って来ました。
秋に発心したので「杜若」は期待せずに行きましたが、初夏の「杜若まつり」の会場となる無量
寿寺の池に一輪咲いていました。
そこから鎌倉街道を辿り、「在原寺」から「根上り松」を経て「業平朝臣墳墓伝承地」に行きま
したら室町時代に建立された多宝塔や墓碑がありました。
近くの川が「逢妻男川(あいづまおがわ)」と言ってこれまた良い雰囲気の小川です。
周りは住宅地で様相は変わっていても「業平が歌を詠んだのはこの辺りかな?」などと思いを馳
せつつ「八橋」という地名そのものを楽しむことができるのが歌枕のいいところですね。
 

香木オークション

 投稿者:921  投稿日:2014年 9月20日(土)10時13分55秒
編集済
  流石に「銘香」は、まばらになってきたようですが、比較的分量のまとまったものも出ています。
「委託販売」と言いますから、かなりの大家が手放したのですね。
オークションの締切日になると2チャンネルで実況めいたものもされています。
ここまで有名になったのですから、SABIも息の長い商売をしてもらいたいものです。
SABIの香木

お彼岸ですね。
 

寺門について

 投稿者:恐縮人  投稿日:2014年 9月 4日(木)21時24分0秒
編集済
  921様コメントを頂きありがとうございました。
質問者の責として質問を明確にすべきでした。
「寺門」とは白檀を三段階にランク付けしたときの下級を指し、
「老山」とは上級を指していたと記憶しています。
中級の名前は忘れましたが、上の二つから想像できそうにも思えますが
(「道」という漢字が付きそうな雰囲気でしょう?)
 
    (921) ★恐縮人さま ご教示ありがとうございます。

「白檀」の品質ランクですか。存じ上げませんでした。
ということは「老山」以外の白檀を「香木」として意識したこともないということですね。
因みに叢香舎春龍『木所秘説口訣』では、檀香も和香木も佐曾羅の範疇です。
------------------------------------
佐曾羅はもろこしより渡る赤栴檀と云ふ木の匂ひを手本として佐曾羅の聞を定めたり。
あらましを云ば欅、杉、柏、槙の類の匂ひ、赤栴檀に類して佐曾羅の聞なり。
亦、他流にて欅を赤栴檀と覚へし人あり。是は相違なり。
欅も佐曾羅の聞なれば、赤栴檀と云ひならわしたるものなるべし。
世上の香道諸流に赤栴檀と題名したるもの欅多し。
能く聞き定めて欅と赤栴檀の別木なるを知るべし。
------------------------------------
この頃は、伽羅にも「黒、紫、緑、黄、白」と樹脂の色で選別するやり方があるようですね。
「白」などは数年前京都の香舗で名前を伺うまでは聞いたこともありませんでした。
これも流通業界の呼称として、私はあまり頓着しないことにしています。
グラム単価が上がると細分化して、格付けすることも必要なのでしょうかね。
 

九月香組 御礼

 投稿者:三十石  投稿日:2014年 9月 1日(月)21時41分46秒
  921さま

東福門院さまの、四季香のご紹介有難うございます。今回は、『香道春雨記』を原典としてのご紹介。印刷された本では無く、原典を当たり、毎回書いて頂き、大変参考になります。十七年のご尽力に深く御礼申し上げます。

要素は、四季の漢詩からだけでなく、この香組では、和歌では御馴染みの春秋の争いとしていますが、方位でもある中央を入れた事で、様々な展開が出来る発展性を感じさせます。
少し気になるのは、春、秋のみを聞く人がいない場合ですが、宮廷の人々ならば、判っていながら、あえて春、秋を狙う人もいたのでしょうか。そんな余裕のある遊び方もあったのではと想像しつつ、自身の至らなさも省みております(苦笑)

八月のお稽古では、ご紹介頂いた籬香があり、ご紹介頂き既知だった御蔭か会記(今回は扇子に書いたもの)を頂く事が出来ました。これからも、どうぞお元気でお過ごしください。また出張の機会などあれば、お会いできることを楽しみにしております。
 
    (921) ★三十石さま いつもありがとうございます。
 私は長いばかりのHP運営ですが、17年前にお付き合いいただいていたネット香人の皆様は、
皆さんそれぞれの流派・会派でご立派になられています。
 香道界にいらっしゃる方々も健康に気を付けて末永くご精進されることを祈念しております。
「春、秋のみを聞く人がいない場合」・・・「持」でしょうね。簡単な香組ですと「春秋とも当たり」
ばかりで「持」となることも多いような気がします。
「籬香」・・・お記録ゲットおめでとうございます。楚々とした記録ですので「扇子」に書いても暑苦
しくならず、夏の家づとには最高ですね。何気に開いて香席で見せびらかしてください。
 

ウサギの謎削除の件

 投稿者:恐縮人  投稿日:2014年 8月31日(日)22時23分32秒
  申し訳ございません。台湾に生息すべき...について投稿後、削除した本人でございます。
奥ゆかしいのどころではなく、過去ログで解決済みであるのを知らずに投稿し、
恥ずかしくて削除いたしました。ご指摘のとおり、この書物は植物学の本であるはずが、
やけに香道に詳しい記述があり、当方はこれを国会図書館デジタルアーカイブで発見しました。
十返しについても具体的な記述があります。(とはいえ、ご承知のとおり、ねみ様書物では
九返しですが)。塩についてはこの「台湾に生息...」が一次資料とはいえないと存じますので、より詳細には典拠を探る必要があると存じます。
 今後もHPを楽しみに拝見させていただきたく存じます。
 話は変わりますが、白檀は老山ばかり目に付きますが、寺門はもはや香木ではないのでしょうかね。。
 
    (921) ★恐縮人さま
改めていらっしゃいませ。
この書き込みを見て、掲示版の過去ログを反芻しています。
http://116.teacup.com/kazz921/bbs?page=52&
確かに「塩」説に「烏賊の甲」説が加わって、そのまま立ち消えになっていました。
その時点で「香人雑記」に諸説を掲載していなかったために大変失礼いたしました。
『台湾に生息すべき...』は、本当に興味深い「香書」ですね。
杉本文太郎の『香道』が初版が昭和4年ですので、昭和の初期の刊行本では、先駆者という
ことになります。
なんとなく当時生き残っていた御家流の相伝者兼植物学研究者が書いているような気がします。
おそらく水原翠香さんと同様「せっかくの機会だから香道のことを紙面に書き残そう」
と思ったのかもしれませんね。

白檀をはじめとする「壇香」は、昔は「沈外」として取り扱われていたので、どこまでが香木か?
という規格めいたものは記述がなく察しがつきません。
基本的には何処の産でも「心材」であれば、紀元前から香木として扱われていたようです。
また、『台湾に生息すべき...』で佐曾羅の木所として白壇を認めているのも初見でした。
「御家流には稀なることなれど・・・」と前置きがあるのも現代と大きく異なりますね。
「老山」は、インドのマイソール産ですが、これが最高級品とされ、香りも優しく持続性がある
ようです。(「他国産とは根本的に違う」と・・・)
「寺門」とは、「和香木」のことでしょうか?
昔の「香道」使われて「銘木」もありましたが、「代用香木」は、あくまで香木では無いというのが、
私の見解です。
また、産地では「白壇」ですら枯渇気味だということです。
そのうちにまた「代用香木」が必要になる時代が来るかも知れませんね。

 

続:ウサギの謎

 投稿者:921  投稿日:2014年 8月25日(月)22時04分35秒
  旧知の香人から「『香道のあゆみ』P120をご覧ください。」とのメッセージが届きました。
香道のあゆみは、一色梨郷著 1968年 芦書房の刊行本です。
私は、原典を持ち合わせでいないので、ご興味のある方は「自習」してみてください。
もし、前述の見解と異なる主旨のものでしたら、御一報いただくか、直接ここに書き込んで
いただければ幸いです。

http://www33.ocn.ne.jp/~kazz921/zakki/zakki.html

 

ウサギの謎

 投稿者:921  投稿日:2014年 8月21日(木)22時15分21秒
編集済
  2006・10・1付けの香人雑記「ウサギの謎」で「鷺って何?」と公開捜索をしておりまし
たが、先日、掲示板に「『台湾に生息すべき熱帯林木調査(薬木・香木類ノニ)』の199ページ
に烏鷺についての記述があります。」との書き込み履歴がありました。

これを頼りに調べましたとろ、確かに「鷺とは、古き鹽(塩)にして、如何にも古き程可なりと
云ふ。黒き物を炒りて、日干しして用う。」とありました。
これにより、『薫集類抄』をはじめ数々の伝書でも主語がないため判らなかった「鷺」は
「塩」
であることが判明いたしました。
情報提供者の方は、掲示板にお書き込みになった後、奥ゆかしくも「削除」されたようですが、
掲載履歴が管理人側にメール通知されていたため、今回の発見につながりました。
どなたかは存じませんが、このことは練香を伝授対象とする広義の香道界にとって、大きな「足
跡」であろうと思います。

誠にありがとうございました。
「香人雑記」の該当項目に解決記事を追記しました。
http://www33.ocn.ne.jp/~kazz921/zakki/zakki.html

★出典は、その名前からもわかるとおり植物学の学術書なのですが、これがなかなかの香書でし
たので、「香書目録」に掲載しました。
http://www33.ocn.ne.jp/~kazz921/kosyo/taiwan.html

 

津島天王祭~宵祭り~

 投稿者:921  投稿日:2014年 7月27日(日)14時41分41秒
編集済
  津島市でお仕事のついでに津島天王祭を観て来ました。
このお祭りは天王川を舞台にした船祭で、厳島神社の「管弦祭」と住吉大社の「住吉祭」ととも
に日本三大川祭りと言われています。
私は、古い絵巻物で見て「とても重要な名古屋の祭りだったのだな」とみていましたが、地元の
人は、「500年の伝統を誇り、名古屋ができる前から行われていた。」と自慢していました。
宵祭りは「まきわら船」と呼ばれる車楽船に365個の提灯を吊るして、稚児や楽師が乗り込み
津島笛を奏でながら悠々と天王川を漕ぎ渡る幽玄なものです。
提灯を灯しながら竹竿を使って半球状に吊るしていく作業は2時間近くかかり、その間に夕景が
とっぷりと暮れ、次第に陽に勝っていく提灯の光が川風に揺れて、「まきわら船」の出来上がっ
ていく過程にも風情のあるお祭りでした。


 

お久しぶりでございます

 投稿者:あんでれ  投稿日:2014年 7月27日(日)13時41分55秒
  吉田神社のお祭り、若いころに名古屋になぞ暮らしていると
「花火? 作るもんでしょ」という人に必ず出くわします。
さすがにある程度の年齢で卒業するようですが。

さて、昨日東京にて
五十ちゅう香に初参加して参りました。
成績は大したことはありませんでしたが
何年か前に聞いた「武蔵野」はちゃんとわかりなつかしく、
そのほかの香も楽しく聞いてまいりました。
(周囲に振舞わされて集中力を欠いたのが成績不振の原因と
自分でわかっているだけに、精進不足が身に沁みます)
香記の一枚は男性がお持ち帰りになられ、
ご宗家もうれしそうでした。
今から昨日のメモを見ながら「ひとり反省会」です。
 
    (921) 三河・遠州は今でも花火づくりの名産地ですから、皆、花火職人の末裔かもですね。
昔は、徳川家康の鉄砲隊が作っていたため「大砲」みたいな形になったらしいですね。
東北には、ああいう勇壮な火祭りはありませんから、同じ「我慢」でも、なんか「男気」の見せ方
の違いに感動します。
「五十*柱香」・・・お帰りの際は手に移り香がして、名残りの偲ばれる香会ですね。羨ましい。
今、私が参席したら、どんな点数になりますでしょうか?
「鼻の老化」と「香木の劣化」のどちらが勝るのか興味津々です。(^_^;)
 

手筒花火

 投稿者:921  投稿日:2014年 7月21日(月)12時25分18秒
編集済
  豊橋祇園祭に行ってきました。
この祭りは、三河花火、特に「手筒花火発祥の地」で有名な豊橋の中心的なお祭りで、2日間に
わたって行われるのですが、私は宵祭りの「手筒花火」目当てで参りました。
手筒花火は、氏子が五穀豊穣や無病息災、家運隆盛、武運長久を神に念じて「吉田神社」に奉納
するのが目的で、竹を切り、縄を巻き、火薬を詰め、神社に持ち込み、放揚するところまで、全
て自分自身の手によって行う自己責任制となっています。
手筒花火は、点火されると轟音と共にオレンジ色の火柱がロケットのように噴射し、しだいに筒
を起こして仁王立ちの状態で真上に放揚しますと大きな線香花火のような星が本人に降り掛かり
ます。そして最後には「はね」と呼ばれる衝撃音と共に手筒の底が爆発して、放揚は終ります
が、これが三河男児の男気の象徴、勇気の証しとなる訳です。
最初のうちは「はね」の度にビックリして心臓がバクバクしましたが、半ば(100発)ほど聞いた
ところでやっと慣れました。また、たくさん煙を浴びましたが、匂いはそれほどきつくなく、地
元では「病気にならない」という言い伝えもあるらしいので、下半期の無病息災が約束されたか
もしれません。
 

レンタル掲示板
/62