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天草の松島

 投稿者:921  投稿日:2015年 9月13日(日)13時12分5秒
  天草に行って参りました。
本来の目的は、カトリックの遺構を巡り亡父の魂の安らかならんことを祈る旅でしたが、当地に
「松島」という景勝地があると聞いて、帰りに途中下車してみました。
全体が火山岩で出来ているゴツゴツした海岸線なのですが、「松島海水浴場」というところに
は白砂があり、ここから見る島々の風景は絶景でした。
「松島」は「日本三景」ですが、天草は長崎県の九十九島とともに「日本三大松島」というもの
らしいです。
波もなく静かな海のため、震災のトラウマで海に近づくことができなかった私でも海岸線に佇ん
で潮風に吹かれ、束の間のタラソテラピーでストレスレベルがゼロになりました。
宮城県の松島は砂岩なので浸食も激しく、時々刻々と姿を変えていますが、こちらの松島は堅い
火山岩なので、何百年か後には、こちらの方がよく姿を残しているかもしれませんね。
 
 

八朔祭

 投稿者:921  投稿日:2015年 9月13日(日)12時55分48秒
編集済
  山都町の八朔祭に行って来ました。
八朔祭は、旧暦8月1日に五穀豊穣・豊作祈願の祭りとして、代々受け継がれてきたもので、
昔は、商人が農民の労をねぎらい、おもてなしを行っていたそうです。
この祭りの目玉は松、竹、杉、すすき、松笠等の自然素材で作る「大造り物」で、当日は辻々に
精魂込めて作った山車が飾られ、質問すれば作り手が説明もしてくれました。
このような山車人形は今までに見たことがなく、その大胆な構図と緻密な造り込みに地元の人の
心意気を感じました。
 

通潤橋

 投稿者:921  投稿日:2015年 9月13日(日)12時36分8秒
  山都町の八朔祭に合わせて、当地の名物で国の重要文化財でもある「通潤橋」を渡って参りました。
通潤橋は、1854年、惣庄屋だった布田保之助が白糸台地に水を引くために建設した灌漑用の水路橋です。
日本最大級と言われるだけあって、最初に見た時は意外な大きさに圧倒されました。橋脚の坂道
を登ってと橋の上は渡れるようになっており、高所恐怖症の私は道の真ん中を恐る恐るわたって
対岸に陣取り、放水を待ちました。
放水は約30分間続き、初秋の晴天をバックに白い水しぶきが鮮やかで、その間に上から下か
ら、表から裏から・・・カメラマンの放列が動いていました。
放水の前後の長閑な静けさ、放水中のダイナミックな音と動きのコントラストも素晴らしい「
長居のできる観光スポット」でした。
 

検索サイトのランクは?

 投稿者:藤淑  投稿日:2015年 9月 7日(月)17時26分11秒
  香りが好きというだけで香道とは無縁なものですが、とても楽しみにして、毎月の組香、この雑記帳でもまなばせていただいております。
 
    (921) ★藤淑さま 初めまして・・・というか「お久しぶり」ではないでしょうか?
ご愛読&ご心配ありがとうございます。
インデックスページのメタデータに打ち込んであるキーワードでランキングをチェックすると・・・
「香道 23位、香木 27位、香道具 4位 、組香 3位」
GoogleとYahoo!はこんな感じで、個別のコラムである2次ページが検索にヒットしています。
一方、インデックスページは全くヒットせず、全て「圏外」となってしまいます。

bingは、チェッカーでは「すべて圏外」と出ますが、実際、「香道」で検索すると46番目にインデックス
ページが出てきます。
 

検索サイト

 投稿者:921  投稿日:2015年 9月 7日(月)13時19分52秒
編集済
  昨日、我がサイトが「香道」で検索してもヒットしなくなっていることがわかりました。
(「香筵雅遊」ならばヒットします。)
これはYahooやGoogleでも同じで、先日までは少なくとも4ページ以内に入っていたのでショック
を受けました。
検索サイト側の「アルゴリズムの変更」か、はたまた誰かの「報告による削除」か判りません
が、19年前に日本で初めて(=世界で初めて)「香道」という検索カテゴリーを造らせたサイト
がサイバースペースから抹消されてしまいました。(;。;)
我がサイトは、自分自身の備忘録でもあるので、組香のコラムを書く際には結構重宝していたの
ですが、「組香」でもヒットしなくなっているので、迷惑サイトとしての「報告」があったので
しょう。

自分のサイトを「必要悪」と言いながら、長く続けていると「平和ボケ」して、この活動に反対
勢力のいることを忘れかけていました。
いずれ、サイバースペースは「情報力とキャラクター」で生き抜くものと言い続けてきた私です
ので、それが失われたということも自覚せざるを得ません。

検索でヒットしない以上、「広く一般に香道の入口を提供する」というコンセプトはもう看板を
降さざるを得ないでしょう。
とりあえずは、月に1000人ほど訪れてくれるリピータさんのために続けていきたいと思います。
 

霊巖洞

 投稿者:三十石  投稿日:2015年 9月 2日(水)09時23分51秒
  山田風太郎原作の小説「魔界転生」では、ここで亡くなった武蔵を魔界から呼び出し転生させるという仰天設定でした。 若い頃読んだもので、この場でトンデモな妄想をして案内人を辟易させた覚えがあります。 今でいえば完璧な「厨二病」ですね(笑)

>伊勢物語
絵巻も同じですが、時間と空間の設定が滅茶苦茶。 これが物語文学の特徴といえばそうなのですけれど。 披講でご一緒している先生方と飲んだ時の話ですが、東下りの原因は「駆け落ち事件の懲罰で髪を切られた事」と言われました。 確かに、当時の貴族では、髪が切られ冠や烏帽子が載せられず露頭になるのは大変恥ずかしい事でした。 ですから京にいられなくて田舎に下ってほとぼりを覚ましていた。 例によって妄想ですが、「これが今 都ではやりの髪型」と言って口説いている業平さんが....
 
    (921) 「魔界転生」・・・「エロイム エッサイム、我は求め訴えたり!」ですね。
そうかぁ、緒方拳が宮本武蔵だぁ~
来週は天草四郎に逢って来ます。

業平君、駆け落ち事件のバツでって話は知ってましたが、「散切り頭の刑」ですか。
まっ、「都の流行」のモヒカンなら、蓼食う虫もすきずき・・・。
   ⅲ
ξ^。^ξ ξ∂。∂ξ?
 

北岡自然公園

 投稿者:921  投稿日:2015年 9月 1日(火)22時04分5秒
  細川家の菩提寺「妙解寺」跡にある北岡自然公園にいってきました。
ここは、宮本武蔵を招へいした三代細川忠利公から十二代までの廟所が並んでいます。
駅近くで新幹線からも見える場所ですが、山懐にしっとりと苔むす佇まいは、なかなか趣深いも
のでした。
忠利公の廟の周りは殉死者が取り囲み、その中には「阿部一族」で有名な「阿部弥市右衛門」の
墓もありました。
森鴎外つながりと名前に似た所もあるため、細川家に名香「白菊」をもたらした「興津弥五右衛
門」も思い出しました。
 

霊巖洞

 投稿者:921  投稿日:2015年 9月 1日(火)21時46分20秒
  宮本武蔵が肥後城主に招かれ『五輪之書』を書いたと言われる「霊巖洞」に行って来ました。
熊本市街の西にそびえる岩戸山中腹に口を開けた自然の岩窟で、今は木でできた格子の奥に秘仏
の「馬頭観音」が祀られていました。
ここは、とても涼しく静かな場所で洞窟の下に清水も湧いており、確かに居住性は良いように感
じました。
ここを守る「霊巖寺」には、あの「桧垣」も約10km離れた「蓮台寺」から、毎日御本尊の岩戸
観音に白川の水を汲んで供えたと言います。
熊本駅近くから岩戸までの距離を「百にも及ぶLらむ老女」が、歩いて通ったとは凄いことです。
霊巖洞への道すがらは、武蔵の頃にはなかったという「五百羅漢」も苔むして良い風情を醸し出
していました。
 

田面の雁

 投稿者:三十石  投稿日:2015年 9月 1日(火)08時48分29秒
  いつも趣のある香組を有難うございます。 雁は、遠く離れた人からの便りで心に染み入ります。

伊勢物語に出てくる「三芳野のたのむの雁」は、一説には現在の埼玉県入間の辺りと言われています。 例によって平和な江戸時代に再興された歌枕とは思いますが、川越には三芳野神社なるものがあり、ここには雁が渡ってくる杉があります。
http://www.koedo.biz/040shrine/miyoshinojinjya.html

それに因んでか、川越城は初雁城の別名があり、地元の老舗和菓子店には同名の菓子もあります。結局、食欲の秋になってしまいました(笑)
 
    (921) ★三十石さま まいどありがとうございます。
「三吉野」・・・入間川の近く、坂戸市に三芳野という土地があり、そこが舞台だっただろうという説
もありますね。
『伊勢物語』の東下りも折り返した後、ワープしたように京に飛んで帰るのも不思議です。
その間になにもなかったわけはなかろうにぃ~ (ー。ー)
 

山鹿灯籠

 投稿者:921  投稿日:2015年 8月16日(日)17時04分55秒
  室町時代からの伝統工芸品である「山鹿灯篭」は、踊り手が頭に載せる「金灯篭」をはじめ
「神殿造り」「座敷造り」「城造り」など様々な灯籠があり、町内から神社への奉納品が辻々に
展示してありました。
「山鹿灯籠」には、木や金具は一切使わず、和紙と少量の糊だけで作ることや柱や障子の桟にい
たるまで中空で作る等の鉄則があるそうです。。
また、工房で確認しましたが、曲線の多い精緻な部品には「のりしろ」は無く、紙の厚みだけで
張り合わせてあり、それ故に大変軽くデリケートなものでした。
作り手は「灯籠師」と呼ばれ、人間国宝も輩出しています。
灯篭師は豊前街道筋の旦那衆に製作を依頼されて、手間を惜しまず精巧さを競ったと言います
が、やはり大宮神社へ「奉納」するという精神的な支柱が工芸品を美術品に変貌させたのだろう
と思います。
 

山鹿灯篭まつり

 投稿者:921  投稿日:2015年 8月16日(日)16時23分18秒
編集済
  熊本県の北端にある「山鹿温泉」の「灯篭まつり」に行って来ました。
灯篭祭りは、市内にある「大宮神社」の祭りで、町内が作成した超微細ペーパークラフトの灯篭
の奉納や花火大会もありますが、現在では、保存会や市民によって踊り伝えられている「灯篭
おどり」がメインとなり、たくさんの人が見物に詰めかけていました。
その中で歌われる「よへほ節」は山鹿温泉の御座敷唄で・・・
 ぬしは山鹿の骨なし灯籠 ヨヘホ~ ヨヘホ♪
 骨もなけれど肉もなし ヨヘホ~ ヨヘホ♪
・・・とゆっくりした三味と太鼓の音曲で、とても「艶なる感じ」がしまします。
それもそのはず、改作される前の歌詞は俗謡で「男が女のところに忍んでやってくる」という
シチュエーションでした。
この祭りの妖艶な女性のポスターも人気が高いのですが、そまポスターに違わぬ雰囲気のある
祭りでした。
 

火の国まつり

 投稿者:921  投稿日:2015年 8月16日(日)15時49分29秒
  夏祭り第一弾として「火の国まつり」に行ってきました。
「火の国まつり」は、熊本市市街地一帯で行われる市民祭りです。
祭りのメインイベントは、市民総参加の「おてもやん総おどり」で 様々なコスチュームを身に
まとった市民が、熊本民謡「おてもやん」の「正調♪」と「サンババージョン♪」を交互に踊り
分けます。
「振りはバラバラだけど心は1つ」という南国らしい連もありますが、YOSAKOIに近い見せ場が
たっぷりの連もありました。
入賞したチームの歓喜の声は、パフォーマンス以上にパワフルでした。
 

御馬下の角小屋

 投稿者:921  投稿日:2015年 7月26日(日)15時52分41秒
編集済
  熊本市北区を訪れたついでに「御馬下の角小屋(みまげのかどごや)」を観て来ました。
これは、江戸時代の庄屋で質屋・酒屋を営んだ堀内家の住宅で、細川家、島津家などの大名が参
勤交代のときに豊前街道での休息所として利用していたそうです。(あの篤姫も訪れたとか?)

中に入ると、高い木組の吹き抜け天井、年を経てつやびかりする見事な大黒柱、家運繁盛の打出
の小槌などの木象眼、藩主を迎え入れた御成の間など、日本古来の木造建築が見られます。
基本的には「民族資料館」といった佇まいですが、市内は西南戦争や空襲で焼かれているため、
江戸時代の建物が残っているのは珍しいとのことでした。

資料館の中で見つけた「姫駕籠」がレプリカなのですが、なかなかの出来でした。
 

鍋ヶ滝

 投稿者:921  投稿日:2015年 7月22日(水)17時52分6秒
編集済
  阿蘇「白川水源」の次に行きたかった場所、熊本県小国町の「鍋ヶ滝」に行って来ました。
ここは、有名なスポットコマーシャルで、昔からあこがれていました。
連休の中日だったので、混雑を予想したのか1kmほど先からシャトルバスが運行していましたが、
訪れる客が弾きも切らず、正解だったと思います。
環境整備費200円を払って整備された坂を下っていったのですが、滝が見えた瞬間、水の轟音
と飛沫と周りの緑樹を見て「思っていた通りの場所だ」と思わず口をついて出てしまいました。
この滝は裏側に回ることができる「裏見の滝」と呼ばれ、そこから見る水と光と透かす緑は、
幅20m、高さ10mの水のカーテン越しのようで、多くの観光客がいることも気にならず、
本当に癒されました。
また、飛沫のお蔭で湿度が多く辺りが屋久島の原生林のような様相を呈していたのも「苔好き」
の私には溜まりませんでした。
滝を後にして、帰り道は歩いてみましたが、静かな山村の景色は、昔、夏休みで訪れた「おばあ
ちゃんち」そのものでした。
 

立田山②

 投稿者:921  投稿日:2015年 6月15日(月)21時05分57秒
編集済
  立田山の入り口には、熊本初のハンセン病病院「回春病院」を創立したハンナ・リデルとその姪
エダ・ハンナ・ライトを偲ぶ「リデル・ライト両女史記念館」がありました。
初めは、「重要文化財指定の洋館」という興味で行ったのですが、彼女たちの無尽の愛と戦争に
よる挫折のドラマには、感動しました。
敷地内にあるハンセン病患者と一緒に眠るリデルの納骨堂は目にも美しく、「たらちねの玉の緒」
の薄れ行くを思い「来たるべき日には、我が母の魂の安らかに天に召されんことを」と祈りました。
アーメン
 

立田山

 投稿者:921  投稿日:2015年 6月14日(日)14時09分44秒
編集済
  熊本は梅雨の真っただ中ですので「雨上がりの曇りも天気のうち」と、立田山麓にある細川家の
菩提寺泰勝寺跡にある「四つ御廟」に参拝して来ました。
自然公園となっているエリアの北側には、細川家累代の墓がありますが、「四つ御廟」は、初代
藤孝夫妻と二代忠興とガラシャ夫人の墓所が並んでいます。
藤孝公は古今伝授の人、忠興公は国内随一の茶人ですので、お香を手向け、まずは「よろしく
お願いします」とのご挨拶が主旨ですが、特に忠興公の墓前では「できれば、貴方様の集めた
香木に出遭い、香に三昧できますように・・・」との無体な願いを込めました。(^_^.)
園内には、忠興公の原図に基づいて復元された茶室「仰松軒」や「苔庭」などもあり、雨に洗わ
れた敷石や灯篭、苔むした地面がしっとりとした佇まいを見せていました。
 

熊本城

 投稿者:921  投稿日:2015年 6月13日(土)12時09分50秒
編集済
  熊本に来て2ヶ月半・・・やっと熊本城を見ることができました。
外から見ていて「なぜこんなに綺麗なんだろう」と思っていましたら、どうも「清正流」という
石垣の形が原因だとわかりました。
「扇の勾配」と言われる曲線は、上に行くほど急になり、武者返しの役割も果たすそうです。
安定感のある石垣の上には大小2つの天守閣があり、城郭の周りにもたくさんの櫓が残されて
います。
また、平成20年に復元された「本丸御殿」は、原型の三分の一ほどの規模だそうですが、
ゴーシャスな造りが、古い石垣や苔と好対照を演じていました。
城全体の雄大さと緑と空の青・・・これから何度も訪れたい場所となりそうです。
 

つしまやまねこ

 投稿者:921  投稿日:2015年 5月25日(月)10時46分16秒
  対馬は「つしまやまねこ」で有名で、空港の名前も「やまねこ空港」と言います。
残念ながら、本物のヤマネコを見ることはできませんでしたが、
泊まった民宿の近くに居た「猫の親子」・・・「つしまのらねこ」です。

また、対馬は台風の影響も受けやすいため、昔は地場で取れる岩を屋根に吹いていたそうです。
これは空港の近くに保存されていた「対馬の石屋根」です。
 

対馬

 投稿者:921  投稿日:2015年 5月25日(月)10時38分46秒
  先週、長崎県対馬に行って来ました。
お仕事だったので、現場と空港の往復のみでしたが、天気にも恵まれ雄大な自然を垣間見て来ました。
最初に感じたのは、対馬の森林は針葉樹が少なく、羊の背中のように「もこもこ」した稜線が
魅力でした。
海も青く澄み、深く入り組んだ入江のひとつひとつが小さな漁港で、漣すらない穏やかな水面
がまるで湖のようでした。
島を俯瞰できたのは、文字通り飛行機の中だけだったのですが、海と山の緑が切り立った崖で
かろうじて隔てられ、柱状列石が浸食されローマのコロッセオのような歴史的建造物然とした
姿を見せていました。
 

鬼の洗濯板

 投稿者:921  投稿日:2015年 5月17日(日)21時09分31秒
  鬼の洗濯板は、巨視的に観れば漣のような岩場の風景ですが、微視的に見れると本当に不思議な
造形美にあふれる岩の集合体となっています。
この岩場の散策は本当に飽きることはありません。
 

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